排泄物語

壊れた公衆トイレと、ドア越しに「入ってます!」を叫び続けた女性

投稿者: 扉の外の男2分で読めます閲覧 3,8954.3(14件)

地方の駅前公園、個室が一つしかない公衆トイレでの話。平日の昼下がり、人通りもまばらな時間帯だった。俺が用を足そうと近づくと、個室から「入ってます!」と女性の声。仕方なく外で待つことにした。その時は、単なる手洗い程度だと思っていた。

5分待った。10分待った。中からは時折、押し殺したうめき声のようなものが聞こえる。壁越しにも伝わる緊張感に、こちらまで妙にそわそわしてしまった。ドアの下の隙間から、パンプスの爪先が忙しなく動いているのが見えた。足元の影が何度も上下に揺れる。

15分経った頃、中から「あの、すみません」と声がした。聞けば、鍵が壊れて開かなくなったらしい。しかも彼女はお腹を壊してトイレに駆け込んだ身で、「その、まだ途中というか、終われないというか」と涙声だった。スーツ姿らしき影がドアの隙間からちらりと見え、OL風の人だと分かった。声のトーンからして、20代後半くらいだろうか。混乱と羞恥がない交ぜになった声色に、こちらまで焦りが伝染した。

駅員を呼びに走り、戻ってくるまでの間、彼女はドア越しにずっと「ごめんなさい、ごめんなさい」と言っていた。時折聞こえる腹の音が、事態の深刻さを物語っていた。声が震え、時に途切れ、彼女の羞恥と焦りがドア越しにも痛いほど伝わってきた。ドアを叩く音、中での足音、そしてその間の押し殺したような音。「お願いします、早く」という懇願と、それでも律儀に「入ってます」を繰り返す様子に、こちらの胸まで締め付けられるようだった。15分の緊張感は、それ以上の時間に感じられた。

駅員がドライバーで鍵を外し、扉が開くまでの彼女の「待って! 心の準備が!」という叫びと、その後、真っ赤な顔で出てきて何度も頭を下げて走り去った後ろ姿を、俺は今も覚えている。あの状況で律儀に「入ってます」と言い続けた彼女は、間違いなく善人だった。あの震える声と、逃げるように去っていく背中を思い出すたび、なんとも言えない気持ちになる。誰もいない駅前公園に、彼女の必死な声だけが響いていた時間は、今思えば不思議と長く濃密だった。社会人として責任感を持ちながらも、肉体の限界の前には無力な自分の姿を、彼女はそこに晒してしまったのだ。

― この話は、これにて ―

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掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。

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