大学のトイレで、となりの個室のたたかいを聞いてしまった
これはわたしの話じゃなくて、聞いちゃった話です。
夕方の学生会館のトイレって、けっこう空いてるんです。わたしが個室に入ってすこししたら、となりに誰かが駆けこんできました。ヒールの音が早足で乱れてたから、学部生か院生のひとだと思います。息もあがってる感じで、よっぽど急いでたんだろうなって伝わってきました。
ドアがしまった瞬間から、もう、すごくて。息を必死にととのえてる気配がつたわってきて、それから、音も、気配も、ぜんぶ「まにあてよかったね」っていう感じでした。どれだけがまんしてたんだろう、っていうのが伝わってくる勢いで。壁一枚こえて伝わってくる必死さに、なんだかこっちまでどきどきしてしまいました。
最初のひと段落のあと、少し間があって、また小さくうめくような声がして、二段階できてるんだなってわかりました。わたしはなんだか出るに出られなくなって、しばらく息をひそめてました。聞いちゃいけないものを聞いてる気がして、罪悪感みたいなものもありました。
となりのひとも、途中でぴたって静かになって。たぶん、わたしの存在に気づいたんだと思います。そこからは、おたがい無言の根くらべでした。換気扇の音だけがずっと鳴ってて、変な緊張感がありました。
けっきょく、先に出たのはわたしです。手を洗いながら、こころのなかで「おつかれさま」って思いました。鏡ごしに、となりの個室のドアがまだしまってるのが見えました。
おたがい、なにも聞いてないです。トイレってそういう場所ですよね。あの日の空気感だけは、なぜか今でもはっきり覚えてます。
あれから学生会館のトイレに入るたびに、あの音を思い出してしまいます。となりのひとがどんな顔してたのか、けっきょく最後まで見ませんでした。見なくてよかったと思う反面、ちょっとだけ気になる自分もいて、そういうところが自分でも変だなって思います。声もかけないし、目も合わせない、あの無言のやさしさが、けっこう好きです。
― この話は、これにて ―
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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