ネカフェの夜、隣の個室から漏れ聞こえた惨劇の顛末
在宅勤務の気分転換に、駅前のネットカフェで夜を明かした時のことであった。金曜の夜、フラット席へ入店したのが23時。快適に配信など眺めていたのである。
深夜2時、隣のフラット個室に酔った会社員風の男が入店してきた。ドリンクバーで一緒になったのでちらと見たが、30代後半、ネクタイを緩めたスーツ姿、赤ら顔で、片手に激辛カップ麺を3つも抱えていたのである。嫌な予感はこの時からあった。
壁は薄い。イビキを覚悟して耳栓を用意したのであるが、1時間後に聞こえてきたのはイビキではなく呻き声であった。「ヤバい、ヤバい」という独り言。マットの軋む音。そしてドアを開けて廊下を走る足音。
このネカフェのトイレは2つ。この時間帯は混まぬはずである。しかし彼は10秒で戻ってきた。「ウソだろ」という絶望の声が壁越しに聞こえた。両方使用中だったのであろう。個室に戻った彼は明らかに静止していなかった。マットの上で身動きする音、浅い呼吸、「頼む、頼む」という祈り。私は配信どころではなくなり、壁の向こうの戦況に全神経を傾けていた。我がことのように手に汗を握っていたのである。
数分後、第二波が来たらしい。今度は先程より切迫した足音で飛び出していき、5分戻らなかった。長い5分であった。間に合ったのか。敗れたのか。壁のこちら側で、私は勝手に祈っていた。配信の音声はとうに消していた。気づけば息を止めて壁の向こうの音に集中していた。他人の戦いであるのに、心拍が上がっていたのである。
私がドリンクバーに立った際、トイレ前の廊下で彼が壁にもたれて放心しているのを見た。ズボンは無事のようであった。だが表情は敗残兵のそれであった。魂が抜けた顔で、ただ天井を見ていた。
翌朝、店を出る時に見た彼の個室の、食い散らかされた激辛カップ麺の容器3つが、事件の全貌を物語っていたのである。深夜の激辛は、以外と身を滅ぼす。歴戦の在宅勤務者として、これを教訓に刻んだ夜であった。
― この話は、これにて ―
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