排泄物語

終電で帰ってきた新入社員のスーツの後ろ姿に気付いてしまった

投稿者: 湿布くさい寮長1分で読めます閲覧 1,8833.9(13件)

社員寮の管理人をしております。4月に入寮したばかりの新入社員の話です。真面目で挨拶のできる、いい青年です。

ある金曜の深夜1時前、終電で帰ってきた彼を玄関で迎えたのですが、様子がおかしい。歩き方が硬いのです。まるで板でも背負っているような、腰から下を動かさないような、そんな歩き方でした。顔は真っ青なのに、妙に無表情を保とうとしている。酔いつぶれとも違う。はて、と思いました。

すれ違いざま、廊下の照明の下で、スーツのズボンの後ろに、見てはいけないシミが広がっているのに気付いてしまいました。色と、それから、その、匂いで、事情はすべて分かりました。ああ、歓迎会で先輩たちに飲まされて、終電の中で耐えて、耐えて、耐えきれなかったのだな、と。

深夜の電車で降りるに降りられず、次の駅まで、次の駅までと祈りながら、最後は駅からの数百メートルで力尽きたのでしょう。想像するだけで、こちらの胃まで痛くなります。はあ。新社会人の4月というのは、酒の限界も腹の限界もまだ自分で分かっていないものです。

本人は真っ直ぐ前を見て「お疲れ様です」と言いました。声が少し震えておりました。わたしも「お疲れ様です」とだけ返しました。それ以外に何が言えましょうか。「大丈夫か」の一言すら、あの場では残酷になります。

翌朝の6時、共同の洗濯場から水音がしました。覗くつもりはなかったのですが、通りがかりに見えてしまいました。彼がひとり、洗面台でスーツのズボンを手洗いしておりました。蛇口の水音だけが響く早朝の洗濯場で、うつむいたまま黙々と手を動かす背中が、なんとも言えず若かった。わたしは物置から洗剤の詰め替えとブラシを持ってきて、黙って彼の横に置いて出ました。何か言えば泣かせてしまう気がしたのです。

翌週、菓子折りを持って「先日は、その」と管理人室に来ましたので、「何のことですか」ととぼけておきました。彼は少し泣きそうな顔で笑って帰っていきました。

社会人はこれから何十年もあるのです。この程度の失敗、誰にでもあります。わたしにも、あります。33歳の冬、忘年会の帰りに。その話はまた別の機会に。

― この話は、これにて ―

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掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。

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