高速バスで8時間、前の席の女性との無言の連帯
深夜の高速バス、東京発の8時間便での話。消灯後2時間、前の席の女性(20代後半くらい、OL風のきちんとした身なり)が何度もリクライニングを直し、姿勢を変え続けているのに気づいた。このバスにはトイレがない。次の休憩は2時間後。車内は薄暗く、規則正しいエンジン音だけが響いていた。時計を見ると午前1時。この先、まだ6時間以上ある。
やがて彼女は添乗員ブザーに手を伸ばしかけては引っ込め、を3回繰り返した。座席の隙間から見える指先が、ブザーの上で迷うように震えていた。気持ちは痛いほど分かる。「トイレ休憩してください」の一言が、深夜の静まり返った車内でどれほど重いか。時折、座席の背もたれ越しに小さな息遣いが聞こえてきた。もぞもぞと座り直す音が、暗い車内で妙に大きく響いていた。太ももを合わせるような動作が何度も何度も繰り返される。
俺も限界が近かった。下腹の鈍い痛みと、冷や汗。座席の上で身じろぎしながら、同じように耐えていた。あと何キロ、あと何時間。そういった計算が何度も頭を巡る。その計算が崩れる恐怖。隣の座席で呼吸が浅くなっていくのが聞こえた。ほぼ同じタイミングで、同じ苦しみを味わっている。そこで俺は決意し、ブザーを押した。「すみません、気分が悪いので、どこかで停まってもらえますか」
パーキングに臨時停車した瞬間、前の女性は俺よりも速くバスを飛び出していった。小走りの後ろ姿、トートバッグが揺れていたのを覚えている。内股気味の急ぎ足に、限界の近さがありありと見て取れた。トイレから戻ってきた彼女と通路ですれ違う時、小さく「ありがとうございました」と言われた。全部バレていた。お互い顔を見合わせて、少し照れたように笑ってしまった。その笑顔には、社会的な体裁を超えた、同じ苦しみを共有した者同士の絆があった。
見知らぬ他人同士が、言葉にせずとも膀胱の限界だけで連帯できる。日本の夜行バスには、そういう静かな戦友関係がある。あの夜の彼女の安堵した表情と、小さな会釈は、今でもふと思い出す。深夜のパーキングエリアの静けさと、あの束の間の連帯感は、長距離バスに乗るたびに思い出す記憶になった。あの時、俺たちが交わしたのは言葉ではなく、人間の尊厳そのものだったのだと今は思う。
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この話は掲示板より発掘・再構成したものです。出典: 交通・旅行板・夜行バス怖い話スレ
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