お盆の高速三十キロ渋滞、路肩の茂みへ下りた私を責めないでください
お盆の帰省ラッシュの中央道、三十キロ渋滞の只中でのことでございます。渋滞にはまる前、談合坂のサービスエリアに寄るつもりが、駐車場入口まで大行列で断念いたしました。それが運の尽き。車列は一時間で三キロしか進みません。カーナビの渋滞情報が真っ赤に染まっているのを見るたびに、私の心も一緒に赤くなっていくようでございました。
私はペットボトルのお茶を飲んだことを心底悔やみながら、シートの上で静かに限界を迎えつつありました。太ももを揃え、下腹に力を込めて、時折襲ってくる波をやり過ごす。時計を見ては、あと何分、あと何キロ、と胸の中で計算するのですが、車列は無情にも動きません。エアコンの風が肌に当たるたび、それすら膀胱への刺激になっているような気がして参ります。主人が「次のインターまで最低九十分」とナビを見て申します。九十分。絶対に無理でございます。
その数字を聞いた瞬間、下腹の奥で何かが決壊しかけて、私は思わず座席の肘掛けを強く握りました。冷や汗が背中を伝います。太ももを強く締めて、呼吸を整えることに全神経を集中いたしました。ちょうど車列が完全に停止した時、路肩の向こうに背の高い夏草の茂みが見えました。主人と目が合い、彼が無言で頷きました。ハザードは既に全車が点けております。
私はサンダルに履き替え、ガードレールを跨いで、草の中へ数歩下りました。渋滞中の何百台から見えていたかもしれません。けれど不思議なもので、限界の先には羞恥心の置き場がないのですね。腰を落とした瞬間、耐えに耐えていたものが堰を切ったように溢れ出し、私は声にならない吐息を漏らしました。蝉時雨の中、私は生まれて初めて、高速道路の脇で用を足しました。長かったこと。体が軽くなっていくのと引き換えに、羞恥心がじわじわと戻ってくるのを感じておりました。
途中、後続車のエンジン音がやけに大きく聞こえて、はっとして周囲を見回しましたが、誰もこちらを気に留めてはいないようでした。真夏の日差しに炙られた夏草の匂いと、自分の体から立ちのぼる温かい湯気のような気配が入り混じって、なんとも言えない心地に包まれておりました。
戻る時、隣の車線のトラックの運転手さんが、視線をわざと反対に向けてくださっていたのが分かりました。ガードレールを跨ぎ直す際にヒールが滑りそうになり、主人が慌てて手を差し伸べてくれたのも、今思えば少し滑稽な光景だったに違いありません。座席に戻ってからも、しばらく膝の震えが収まりませんでした。
渋滞は結局それから二時間近く続き、私たちは実家に着く頃にはすっかり日が暮れておりました。夕焼けに染まる中央道の景色を眺めながら、私は先ほどの出来事がまだどこか夢のことのように思えて、一人で小さく笑ってしまいました。それでも、あの日の帰省で一番覚えているのが、実家の母の顔ではなく路肩の夏草だというのは、主人と私だけの秘密でございます。翌年のお盆も、私たちはまた同じ中央道の渋滞にはまることになるのですが、それはまた別のお話でございます。
― この話は、これにて ―
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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