歓送会の帰り道、憧れの既婚先輩(33歳)が高架下で決壊した夜
これは書くべきかずいぶん迷ったのですが、匿名なので書きます。3月の歓送会の帰り道の話です。
駅までの夜道を、仲の良い先輩と二人で歩いていました。33歳の既婚の方で、普段はきっちりした紺のスーツをさらっと着こなす、支店で一番きれいと噂の人です。その夜はお気に入りだというベージュのトレンチに、少し高めのヒール。日本酒をかなり召し上がっていて、頬が上気して、途中から口数が減っていました。
私は単に酔ったのだと思っていました。ですが今思えば、あの歩き方。歩幅が妙に小さくて、ときどき立ち止まっては深呼吸をして。信号待ちのとき、先輩がコートの上からそっとお腹のあたりを押さえたのを、私は見てしまっていました。
駅まであと5分という高架下で、先輩が急に立ち止まりました。「ごめん、ちょっと無理かも」。その声が、いつもの先輩じゃありませんでした。
トイレを探そうと周りを見た時にはもう遅く、先輩はガードレールにつかまったまま動けなくなっていました。静かな高架下に、雨も降っていないのに水の音がして、ストッキングを伝って、足元の街灯の光の輪に水たまりがゆっくり広がっていきました。私は目をそらさなきゃと思うのに、そらせませんでした。心臓の音がうるさくて、自分が息を止めていたことに、あとで気づきました。
金曜びの夜で人通りもあったのに、先輩は「あー……」とだけ言って、済んだあと、妙にさっぱりした顔をしていました。あの表情を、私はたぶん一生忘れません。恥ずかしさより先に解放が来てしまった、大人の顔でした。
私は鞄からハンドタオルと折りたたみ傘を出して、開いた傘で通行人からの目隠しを作りました。何の役に立ったのかは分かりません。ただ、何かせずにいられなかったんです。
翌週、先輩からお礼に上等なハンカチをいただきました。「あの夜のことは二人の秘密ね」と。はい、秘密です。だからここに書きます。すみません先輩。今でもあの高架下を通るたび、少しだけ胸が苦しくなります。
― この話は、これにて ―
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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