朝6時のゴミ捨て場で見た、隣人OLのオールの代償
うちのマンションのゴミ捨て場は敷地の角、植え込みの陰にある。可燃ごみの日は6時に出すのが私のルーティンだ。誰にも会わない時間を選んでいるつもりだった。
その朝、ゴミ袋を提げて角を曲がったら、先客がいた。隣の部屋の女性である。30前後の会社員風で、朝はかっちりしたジャケットで出ていき、夜はコンビニ袋を提げて帰ってくる人。エレベーターで会えば会釈をする程度の仲だ。その彼女が、昨夜のままらしいタイトスカートの装いで、植え込みに向かってしゃがみこんでいた。ジャケットは腕にかけたまま、ヒールは脱げかけ、結んでいたはずの髪が半分ほどけていた。
最初は具合が悪くてうずくまっているのかと思った。声をかけるべきかと一歩踏み出して、やめた。よく見なくても分かる姿勢と、朝の静けさに響く、遠慮のない水の音。オールで飲んで始発で帰ってきて、マンションのエントランスをくぐって、部屋まであと20メートルが我慢できなかったらしい。エレベーターの待ち時間すら、もう計算に入らないほど切羽詰まっていたのだろう。
こっちはゴミ袋を持ったまま固まるしかない。引き返すのも不自然だし、進めば確実に目が合う。心臓だけが早朝らしからぬ速さで動いていた。見てはいけないものほど、視界の解像度は上がる。うつむいた横顔の、ほどけた髪の隙間の、ぎゅっと閉じた目。あれを私は多分ずっと覚えている。
結局私は気配を消して、ゴミだけそっと置いて撤退した。音を立てずにゴミ袋を置く技術が、あんな場面で役に立つとは思わなかった。向こうは最後まで気づいていなかったと思う。
それ以来、廊下ですれ違って会釈をするたびに、「あなたの秘密を知っている」という妙な優越感と、盗み見たような気まずさが胸の中で同居する。彼女は何も知らずに、今日も涼しい顔で会釈を返してくる。
ちなみにその植え込み、翌月から心なしか元気になった気がする。うちのべランダ菜園は全滅したのに、である。世の中は不公平だ。
― この話は、これにて ―
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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