延長戦に入ったWeb会議と、お腹の中の反乱軍
フリーランスにとって「あと5分だけいいですか」は死刑宣告に等しい。今日はその宣告を受けた日の記録である。
その日の私は朝からお腹の調子が微妙だった。前夜の見切り品の牡蠣フライを疑っているが、証拠はない。とにかく、14時からの定例会議さえ乗り切ればあとは自由、トイレと友達になろうが寝込もうが自由、という算段だった。会議は15時に終わるはずだった。終わらなかった。
15時ちょうど、「最後にひとつだけ」とクライアントの部長が乱入してきたのだ。資料の細部に次々と赤が入る。フォントがどうの、グラフの色がどうの。私のお腹は14時40分ごろから第一波が来ていて、この時点で第二波の真っ最中だった。ぐう、ではなく、ごぼぼ、という不穏な音が腹の中で鳴る。ミュートにしていなかったらと思うと、今でもぞっとする。
15時半、反乱軍が本格的に蜂起した。波の間隔が明らかに縮んでいた。10分おきが、5分おきに、3分おきに。カメラの前で私は微笑みながら、椅子の上で重心を右に左に移し続けた。膝を強く合わせ、ときどき机の下で拳を握る。多分画面越しには、熱心に頷いているように見えたはずだ。在宅ワークの数少ない利点は、下半身が映らないことである。
「お手洗いに行きたいので5分ください」。この一言が言えれば済む話だ。分かっている。だが取引先の部長の熱弁を排泄で中断する度胸は、私にはなかった。私は微笑んだまま、脳内でトイレまでの動線を確認し、退出後の最短ルートをシミュレーションし、「次の波が来る前に終われ」と祈り続けた。
16時前、「では最終版は明日までに」の一言で解放された瞬間、退出ボタンを押す手の速さは自己新記録だった。トイレまでの廊下で2回ほど本気で終わりを覚悟したが、なんとか間に合った。個室で私は、しばらく放心していた。
間に合ったので、この話にオチはない。ただ、ベランダで枯れかけのバジルを眺めながら、明日から会議前は消化にいいものしか食べないと誓った。べランダのバジルは、私の誓いを何度も聞いている。以上である。
― この話は、これにて ―
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