排泄物語

【観測記録・秋】ハロウィン渋谷、ゾンビメイクの女性が本物の緊急事態になるまで

投稿者: 野ション・野糞ウォッチャー2分で読めます閲覧 1.9万3.7(57件)

10月31日、渋谷センター街周辺。晴れ、夜間気温15度。ハロウィン当夜の渋谷は、観測者にとって年間最大のフィールドである。ただし近年は規制強化で路上飲酒が減り、事例数は減少傾向にある。それでも仮装した成人たちの密度は相変わらず高く、路地という路地が人いきれで蒸れていた。この人いきれと非日常のコスチュームが相まって、普段は表に出ない切迫が路上に露出しやすくなる夜でもある。

23時過ぎ、事例発生。ゾンビメイクの20代女性(仮装の完成度は高い)が、路地の入口で仲間に支えられながら腹部を押さえていた。当初は飲み過ぎの腹痛かと思われたが、本人の「やばいやばいやばい、出る、ガチで出る」という発言により事態の深刻さが判明した。声はどんどん切迫の度を増し、仲間の腕を強く掴む指先が白くなっていくのが街灯の下でもわかった。

仲間が最寄りのコンビニに走るも、トイレ貸出不可の店であった模様。渋谷の路地裏は仮装の人波で埋め尽くされ、頼れる個室はどこにも見当たらなかった。その数分間、彼女は路地の壁に手をつき、額に脂汗を浮かべて耐えていた。仮装のメイクが崩れるのも構わず、内ももを固く閉じ、体を小さく折り曲げる。ハロウィンの喧騒が彼女ひとりの内側の静かな絶望を覆い隠してくれているのが、せめてもの救いのようであった。時折「無理、間に合わない」と譲るような声を漏らし、また歯を食いしばって耐える。その往復が、見ているこちらにも痛いほど伝わってきた。

腹部からの信号は下腹部のそれよりも予兆が短く、猶予も少ないというのが私の経験則である。事実、彼女の抵抗の時間は驚くほど短かった。壁に爪を立てるようにして数十秒耐えたかと思うと、次には膝からがくりと崩れるような姿勢の変化が来る。仮装の血糊メイクの下で本物の脂汗が滲んでいるのが、街灯の光の加減でかろうじて見て取れた。その落差が、この夜最大の見どころであったことは間違いない。仲間が肩を貸そうとした瞬間には、既に本人の意識は自分の内側だけに向いていて、周囲の視線どころではなくなっていたようだった。

次の瞬間、彼女はしゃがみ込み、ゾンビの呻きとは別種の呻き声を上げた。仮装の破れたズボンの奥で何が起きたかは、直後の周囲の反応(半径3メートルの人垣が瞬時に消滅)が雄弁に物語っていた。限界の向こう側に落ちた瞬間、それまでの必死の形相がすっと消え、代わりに脱力しきった安堵の表情が浮かんだのが印象的であった。

本人は「私、今日から本物のゾンビだわ」と自虐しており、仲間は爆笑と絶望の中間の表情であった。衆目の中、路上のど真ん中での事例であり、感測条件としては完璧。ただし風下に立った私も無傷ではなかったことを付記する。仮装のメイクが涙で崩れているのか、それとも別の理由なのか、その判別は最後まで私にはつかなかった。渋谷という街が年に一度だけ見せる、この種の人間味には妙な愛おしさすら覚える。

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