深夜2時の研究棟、同期がトイレまであと10秒足りなかった
研究棟の深夜は人がいない。院生が数人、居室に残っているだけだ。その夜は締切前で、私と同期(女性、25、いつもポニーテールを揺らして早足で歩く子だ)が居室で作業していた。
深夜2時頃、同期が急に立ち上がった。「やばい、お腹」とだけ言って廊下に出て行った。顔色が普段より白かったのを、後になって思い出した。うちの研究棟のトイレは各階の端にあり、居室から約40m。私は特に気にせず作業を続けたが、数分後、廊下から小さい呻き声が聞こえた。心配になって見に行った。
廊下の途中、トイレまであと10mの地点で、同期が壁に手をついてうずくまっていた。もう片方の手はお腹を強く押さえ、肩が細かく震えていた。声をかけようとした瞬間、静かな廊下に、彼女の腹から盛大な音が響いた。あの音の直後の静寂は、今でも耳に残っている。
後から聞いた話では、居室を出た時点ではまだ軽い違和感程度だったらしい。廊下を歩き出してから急激に波が強くなり、トイレの明かりが見えた瞬間、気が緩んだのが仇になったようだった。深夜の研究棟という誰もいない場所だからこそ油断があったのかもしれない。私自身、彼女の背中越しに見えたその瞬間、思わず息を呑んで立ち止まってしまった。見てはいけないと分かっているのに、目を逸らせなかった数秒間だった。
本人が「あ」と言った。それで大体察した。彼女はそのまま数十秒動かず、それから非常にゆっくりトイレへ歩いて行った。歩き方が明らかに不自然で、内股のまま小刻みに足を運んでいた。私は声をかけることもできず、ただ廊下の端に立ち尽くしていた。見てはいけないと思いつつ、目が離せなかったのを白状する。
30分後、居室に戻ってきた彼女は無言でジャージに着替えていた。何も聞かないのが正解と判断し、私はディスプレイだけ見ていた。彼女の頬がまだ赤らんでいたことにも、気づかないふりをした。以後、彼女は深夜作業の日はコンビニでヨーグルトを買わなくなった。相関か因果かは不明。あの夜のことは、今も二人の間で一度も話題に出したことがない。ただ、あの廊下を通るたび、私はあの瞬間の静寂と音を思い出さずにはいられない。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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