非常階段の踊り場で同じ講座の女性を見てしまった
これは見ちゃいけないもん見た話っすね。日曜の午前、模試の後に自習室残ってたんすけど、換気しに非常階段のドア開けたんすよ。そしたら1個下の踊り場に、同じ構座でよく見るスーツの女性(たぶん30代、いつも資料をパンパンに詰めたトートバッグ持ってる人)がしゃがんでたんす。彼女がそこにいる理由は、最初分かりませんでした。
最初、具合悪くて座り込んでるのかと思って「大丈夫すか」って声かけようとして、姿勢がおかしいことに気付きました。壁の方向いて、しゃがんでるんすよ。両手は膝の上、肩が小刻みに動いてました。その光景が脳に刻まれるまでに、3秒もかかりませんでした。日曜でビルのトイレが清掃中止まりだったの、後で知りました。彼女も限界だったんだと思うっす。
その時点で僕も先週大の方でヤバかったのを経験してたんで、何が起きてるか即座に察しました。予備校の階段を上り下りした経験が、こんな形で活きるとは。彼女の肩の震え方、その呼吸の切れ方、全部が「限界」を物語ってました。耳を澄ませば、小さい呻き声が聞こえそうなほど。そして踊り場の床には、まだ乾いていない水たまりが。
目が合いそうになった瞬間、俺は静かにドア閉めました。それしかできることなかったんすよね。心臓がやたら速く鳴ってたのを覚えてます。ドアの向こうから小さい声が漏れ聞こえた気がして、それ以上は聞かないようにその場を離れました。階段を上る足音を一歩一歩、意識して、できるだけ静かにしました。見てはいけないと分かっているのに、頭から離れなかったのも正直なところっす。
5分後くらいに何食わぬ顔で自習室に戻ってきた彼女とは、それ以来一度も目を合わせてないっす。ただあの人、模試の成績優秀者の掲示にたまに名前載ってるんすよ。人間、出すもん出したら強いんすかね。俺も見習いたいっす。非常階段のことは見習わないっすけど。あの踊り場、今でも使うとき妙に緊張するんすよね。ドアを開ける直前、あの日の光景がふと頭をよぎるのは、たぶん一生治らない癖だと思うっす。その音、その光景、その沈黙。全部が記憶の片隅に、消えない痕跡として残ってるんです。
― この話は、これにて ―
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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