満席ビストロの待ち焦がれ
冷え込みの厳しい十一月の週末、夜八時半過ぎの渋谷の裏路地にある人気フレンチビストロでのことだ。店内はカップルや女子会のグループで超満員となっており、ワイングラスの触れ合う音と賑やかな会話が飛び交っていた。私は友人とカウンター席で食事を楽しんでいた。……その時、トイレ前の狭い通路で立ちすくむ一人の女性が目に入った。
彼女は二十代後半の品のある女性で、肌触りの良さそうなベージュのニットワンピースに、ダークブラウンのタイツ、そしてヒールの高い黒スエードのショートブーツを履いていた。髪はふんわりとしたウェーブのロングヘアで、小さなレザーのショルダーバッグを肩から掛けていた。しかし、彼女が立っている共同トイレの扉には「使用中」の赤いランプが灯り、中の誰かが籠城しているのか、一向に開く気配がなかった。
彼女はお腹の下の方をショルダーバッグで強く押さえるようにし、膝を激しく内側に折り曲げていた。エアコンの暖気と腹痛による冷や汗が混ざり合い、彼女の綺麗なマスカラが目の下で黒くにじみ、ファンデーションが脂汗でじっとりと浮き上がっているのが至近距離からでも分かった。彼女はワンピースの上から両手で股間のあたりを強く押し当て、両脚を執拗に交差させていた。ブーツのヒールが床にカツカツと不自然な音を立てて暴れ、お尻の括約筋を極限まで締め付けているのがその姿勢から容易に見て取れた。
「お願いだから、早く出て……」という彼女の焦燥と怒りの混じった相手への囁き声が聞こえた。ビストロの通路という、酔っ払った客や料理を持った店員が頻繁に行き交う社会的状況が、彼女の我慢をより悲劇的なものにしていた。便意の波が押し寄せるたび、彼女は「くっ……」と声を漏らし、上体を深く折り曲げて背中を丸めた。見てはいけないと思いつつも、がくがくと震える彼女の太ももと、お尻を小さく浮かすようにして必死に堪える姿から目が離せなかった。私の心臓はうるさく鼓動を刻み、喉が乾いて仕方がなかった。
ようやくトイレのドアが開き、前の客が出てきた瞬間、彼女は不自然な内股のまま、滑り込むように個室へと消えていった。今でもあのビストロの賑やかな騒音を思い出すたび、あの通路で限界を迎えていた彼女の切迫した表情と、震える体温が鮮明によみがえる。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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