停止したエレベーターの沈黙
蒸し暑い梅雨の日の午後2時過ぎ、都内の中堅IT企業が入るビルのエレベーター内でのことだ。突然の落雷による停電で、エレベーターは3階と4階の間で緊急停止し、狭い空間には非常灯の薄暗い赤色の光だけが灯っていた。閉じ込められたのは私と、他部署の先輩社員である広報部のエース、篠原さんの二人だけだった。……その時、私の目の前に立っていた篠原さんの様子に明らかな変調が生じ始めた。
彼女はいつも通り、仕立ての良いストライプ柄のテーラードジャケットに、タイトな黒の膝丈ペンシルスカートを着用し、足元は艶やかに磨かれた黒の7センチヒールパンプスを履いていた。髪はきっちりと後ろでシニヨンにまとめられ、知的なメタルフレームの眼鏡をかけていた。しかし、復旧の目処が立たないとのアナウンスが流れた直後、彼女の完璧なビジネスパーソンとしての姿に微かな綻びが生じた。
彼女の喉元がこくりと激しく動き、資料を持つ指先が小刻みに震え始めたのだ。額からは細かな冷や汗がにじみ出ており、綺麗に整えられていたファンデーションが脂汗でじわじわとヨレ、頬のチークが不自然に浮き上がっているのがはっきりと分かった。下腹部を襲ったのは、冷房の冷気と緊張による猛烈な腹痛の第一波だった。
彼女はタイトスカートの下で、ストッキングを履いた内ももをこれでもかと密着させ、両脚を執拗に交差させていた。パンプスの爪先を床に強く押し付け、踵を交互にせわしなく上下させながら、お尻の括約筋を極限まで締め付けている。その限界状態のせいか、呼吸が荒くなって肩が上下に激しく揺れ始めた。お腹の中で暴れ回る泥水のような塊を、紙一枚の厚さの括約筋だけで必死にせき止めているのだろう。
「あと、あと10分……復旧するまで……」と、彼女の唇はきつく噛み締められ、血の気が完全に引いて白くなっていた。狭い密室で二人きりという重苦しい空気の中、もしここで粗相をすれば、これまでのキャリアも尊厳も一瞬で崩れ去るという社会的な圧力が、彼女を狂わせる檻となっていた。
便意の波は容赦なく第二波、第三波と押し寄せ、彼女のお腹の中でゴロゴロと不快な音を立てて波打った。彼女は思わず「くっ……」と声を漏らしそうになり、上体を深く折り曲げて胸元のブランドバッグをギュッと下腹部に押し当てた。眼鏡のレンズの裏で、彼女の目は涙で潤み、必死に焦燥のなかで時間計算を繰り返しているのが伝わってきた。
見てはいけないと思いつつも、彼女の太ももが限界の緊張でがくがくと震え、タイトなスカートの生地が激しく擦れ合う様子から目が離せなかった。私の心拍数は跳ね上がり、喉が乾いて息をするのも忘れるほどだた。
復旧してドアが開いた瞬間、彼女は挨拶もそこそこに、不自然な内股の姿勢で立ち上がった。競歩のような早足で、廊下の奥の化粧室へと消えていった。今でもエレベーターに乗るたび、あの時の彼女の限界の表情と、漂っていた切迫した空気感を思い出して胸の奥が熱くなる。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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