レントゲン室の影
うららかな5月の午後2時過ぎ、都内にある健康診断センターの待合エリアでのことだ。白い壁に囲まれた静かな室内は検査着を着た受診者たちで溢れており、微かに消毒液の匂いが漂っていた。最初の異変は、バリウム検査が終わってから10分が経過した頃だった。下腹部の奥深くで、ドスンと重たい衝撃波のような便意の第一波が走った。
「すぐに下剤の効果が出るはずはない」と油断していたが、検査直前に飲んだ発泡剤とバリウムが、極度の緊張と重なって私の胃腸を急激に刺激したのだ。「レントゲン撮影が終わるまであと15分……それくらいなら耐えられるはず」と自分に言い聞かせたが、それが終わりのない地獄への入り口だた。
私はその日、薄いピンク色の無地の検査着に、黒のストッキングを履いていた。撮影のためにシートが倒され、お腹を押さえるアクリル板が押し付けられると、腹痛は一気に強さを増した。全身に噴き出した冷や汗で額の髪がベタつき、首元の襟元がじっとりと濡れて皮膚にはりつく。顔からは完全に血の気が引き、土気色になっているのが自覚できた。
撮影の最中という、途中で席を立つことが極めて困難な社会的状況が、私を肉体的にも精神的にも限界へと追い詰めていく。撮影台の上で、私はタイツの中で両腿をぎゅっと交差させ、内もも同士を強く押し付け合って耐えた。踵を交互に上下させながら、お尻の括約筋を極限まで締め付ける。お腹の中で暴れ回るバリウムの塊を、極限まで引き締めた筋肉だけで必死にせき止めているのだ。
便意の波は容赦なく第二波、第三波と押し寄せ、下腹部全体が引き裂かれるように痛む。「あと5分、撮影がすべて終わるまで……」と、頭の中で狂ったように秒刻みの計算を繰り返すが、撮影機の動く音が響くたびに心臓が激しく脈打ち、焦りで思考が停止しそうになった。
恥ずかしさと、この静寂の中で今にも粗相をしてしまうのではないかという恐怖が混ざり合い、耳の奥が熱くなって喉がカラカラに渇いた。
ようやく「お疲れ様でした、お着替えをどうぞ」と解放された瞬間、私はお尻をかばう極端な内股の姿勢で立ち上がった。涙目でカバンをお腹に強く押し当て、がくがくと震える膝を内側に折り曲げ、すり足のような奇妙な歩幅で廊下の女子トイレへと滑り込んだ。便座に座り、お腹の毒素が一気に流れ出た時の圧倒的な解放感。今でもバリウム検査の時期になるたび、あの時の冷や汗の冷たさと股の奥がすくむような恐怖を思い出す。
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