トイレが壊れた夜、コンビニまでの480メートルの記録
うちのアパートは築34年、家賃3万8千円。安さには理由があって、先月ついにトイレが詰まった。深夜1時、しかも自分の腹が下ってる時に。大家は電話に出ない。スッポン(正式名称は知らない)は持ってない。一番近いコンビニまで480メートル。歩けば6分、走れば3分。だけど走ると腹に響く。この矛盾と戦いながら、深夜の住宅街を変な歩き方で進んだ。下腹を片手で押さえ、もう片手は壁に触れながら。歩行というより移動していました。
途中の月極駐車場のあたりで一回限界が来て、フェンスにつかまって波が引くのを待った。あの時、視界の端の茂みが一瞬「アリ」に見えたのは本当のこと。人間、追い詰められると出来ることと出来ないことの境界線が動く。深呼吸しながら、内心では何度も祈っていました。自分の身体に、もう少しだけの時間を懇願していました。
波は三回来た。二回目はコインパーキングの精算機の前で、三回目はコンビニの光が見えた横断歩道で。信号は赤だった。深夜1時に車なんて来ないのに、律儀に待ってる自分と、もう限界寸前の自分が同じ体に入ってた。腹の中で低い音がして、冷や汗が背中を伝った。膝を合わせて、レシートみたいに薄い理性で立ってた。たぶんあれが人生でいちばん長い信号だった。
結局コンビニに間に合って、トイレを借りて、義理でチロルチョコを2個買った。42円。おつり欲しくなかったからです。それは店員さんへの感謝の最小単位のように感じました。トイレ修理は大家持ちだったけど、直るまでの3日間、わたしは毎晩コンビニに通ってチロルを買い続けた。42円×3日。昼間の不安感と比較すれば、その42円の支払いは極めて安いものでした。
あの店の棚のチロルが減ってたら、それはわたしの膀胱と腸の記録です。時系列が、その2週間の買い物ログに全て刻まれています。家の中で、深夜に、人に見られず、何度も繰り返された行為の足跡。その記録こそが、この話の本質なのだと思います。
― この話は、これにて ―
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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