排泄物語

野鳥観察ポイントの茂みが、女性ランナーの緊急トイレになっていた朝

投稿者: ドブ川のカワセミ2分で読めます閲覧 7783.5(2件)

平日の朝6時すぎ、有給を取って公園裏の観察ポイントへ向かった。前夜の雨が上がり、鳥の声のよく通る朝だった。オオルリの声がしたので、茂みの小道を進んだ。朝露がまだ残ってて、靴がじっとり湿ってた。

先客がいた。ジョギングウェア姿の女性が、木立の奥でしゃがんでいる。20代後半から30代、細身で、明るい色のウェアに白いキャップ。ふだん公園の外周を走っている常連ランナーの一人だと思われた。朝6時、まだ薄明かりの中、完璧な姿勢で走ってるランナーだ。

最初は靴の紐でも直しているのかと思った。だが状況からそうでないことは即座に判明した。距離は約15メートル。互いに固まった。あちらは動けない事情がある。その様子が全て物語ってた。表情までは見なかった、というより見てはいけないと思った瞬間、逆に細部が目に焼きついた。キャップの下の泳ぐ目、噛んだ唇、土をしっかり掴むように踏ん張ったランニングシューズ。その爪の白さ。

彼女がこの場所を選んだ事情も察しがついた。この公園、外周4キロに対しトイレは正門脇の一つだけで、朝は6時半まで清掃で閉まっていることが多い。腹の第一波、第二波をやり過ごしながら走り、トイレの閉鎖を知り、勝負に出て、負けたのだろう。下痢の波は容赦がない。朝の腹事情は深刻だ。

私は双眼鏡を持ったままだったのが最悪で、誤解されないよう即座にレンズを空に向け、「ヒヨドリですね」と誰にともなく言って後退した。ヒヨドリなどいなかった。我ながら意味不明の言動だが、あの場では最善だったと今も思う。ハートビートが上がって、普通の朝の観察の顔が作れませんでした。

小道を戻る間、背後から「すいません!」という悲痛な声だけが聞こえた。振り返らなかった。振り返らなかったが、心臓は情けないほど鳴っていて、しばらくオオルリの声がまったく耳に入らなかった。この動揺を感察……観察日誌に書けるはずもなく、ここに書いている。

以後、その茂みには近づいていない。自然観察者として、あの場所は彼女の縄張りと認定した。縄張りは尊重するのが観察者の掟である。そしてその朝、良い天気だったはずなのに、帰路の空はずっと灰色に見えました。

― この話は、これにて ―

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掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。

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