観察者、観察される側になる。氷点下の河原で自分が限界を迎えた記録
他人の記録ばかりでは公平を欠くので、自分の話も書く。1月の日曜、氷点下の河原での記録である。気温マイナス3度。河原の土は凍りかけてた。
狙いはベニマシコ。日の出前から土手の下に三脚を据え、3時間ねばった。カメラの液晶は結露してた。敗因は保温ボトルの熱い茶である。寒さに負けて、カップに注いでは飲み、注いでは飲みしていた。体を温める行為が、そのまま膀胱への貯水になっていることを、鳥を待つ頭は考えない。二杯目ですでに不穏だった。
膀胱の限界を最初に認識したのが8時20分。第一波は軽かった。姿勢を変え、脚を組み替えてやり過ごした。背中に結露が出始めた。8時40分、第二波。こちらは重く、下腹の内側から拳で押されるような圧があった。一度あるいてみたくなるほどの圧。氷点下の空気の中、背中にだけ冷や汗をかくという妙な状態になった。熱い茶で温めたはずの体が、今度は冷えきってた。
計算した。公衆トイレまで徒歩15分。装備(三脚・望遠レンズ・椅子)を撤収して歩けば20分。第三波までの猶予は、経験上おそらく10分。計算は成立しなかった。その時点で8時55分。ベニマシコは出た試しがない。
36歳の女が、双眼鏡で四方を確認してから葦原の陰に入った。人影なし。犬の散歩も釣り人もなし。それでも二度、三度と確認した。皮肉なものだ。いつも見る側だった自分が、誰かに見られていないかを必死に感察……観察している。心臓がおかしい。
葦の茂みにしゃがんだ時の、あの安堵と羞恥が半々に混ざった感覚は、うまく言葉にならない。凍った地面から冷気が上がってくるのに、耳だけが熱かった。用を足している最中、上空をノスリが旋回していた。奴だけが見ていた。ノスリの目に私はどう映ったのか、考えないことにしている。その鳥の視線は遠くて、冷淡で、全てを許容する目だった。
戻って観察を再開したが、ベニマシコは結局出なかった。手ぶらで帰る車の中、なぜかしばらく心拍が下がらなかった。寒さのせいだと思うことにした。そして家に帰ってから、あの葦の茂みの中での3分間を何度も思い出した。
学んだこと。冬の定点観察では茶は一杯まで。トイレまでの距離は設営前に測っておく。そして人間は、追い込まれれば野鳥と同じ場所で用を足す生き物である。以上。
― この話は、これにて ―
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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