排泄物語

始発前の駅前で見た、パンプスを両手に持って歩く女性の理由

投稿者: 深夜ラジオの葉書職人1分で読めます閲覧 4333.7(3件)

工揚の夜勤明けの帰り、朝4時半の駅前ロータリーでの話です。始発までベンチで缶コーヒーを飲むのが、自分のクールダウンの儀式です。

その日、向こうから女性が歩いてきました。20代後半くらい、きちんとしたスーツに、肩までの髪が少し崩れてて、飲み会からの朝帰りっぽい雰囲気。で、違和感が一つ。なぜかパンプスを両手に一つずつ持って、ストッキングの足で歩いてるんです。酔って足が痛いのかな、かかとの靴ずれかな、と最初は思いました。朝帰りにはよくある光景なので。

でも歩き方が変でした。酔いの千鳥足じゃなくて、一歩一歩が慎重で、脚と脚の間隔をあけたような、独特の歩き方。ロータリーの照明の下ですれ違う時に、分かってしまいました。タイトスカートの後ろから太ももにかけて、色の濃くなった濡れた跡がずっと続いてたんです。ストッキングも、膝から下だけ色が違って見えました。

たぶん、終電を逃してどこかで時間をつぶして、始発を目指す最後の道のりで、間に合わなかったんだと思います。駅のトイレまで、あと3分の距離でした。あと3分。その3分が届かない夜が、大人にはあるんです。

彼女は誰とも目を合わせず、でも背筋だけはまっすぐ伸ばして、駅のトイレに消えていきました。パンプスを手に持ってたのは、たぶん濡らしたくなかったんじゃなくて、もう濡れてたからだと思います。あの背筋を、自分は忘れられません。手の中の缶コーヒーの味が、しばらく分からなくなってました。

で、これはオチというか後日談ですが、20分後、始発を待つホームで彼女を見かけました。髪を結び直して、スカートも整えて、何事もなかった顔でスマホを見てました。座席のあるベンチには座らず、柱の脇に立ってましたけど。

大人の朝帰りには、こういう戦いの跡があります。自分は夜勤明けの缶コーヒーのたびに、あのまっすぐな背筋を思い出します。彼女の月曜が平和であることを祈ります。

― この話は、これにて ―

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掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。

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