夜勤の同僚(42歳)がライン停止ボタンの前で下した苦渋の決断
うちの工揚は3交代で、深夜のラインは最少人数で回してます。つまり、持ち場を離れるにはリリーフを呼ばないといけない。今日はそのルールが生んだ、ある夜の悲劇と、一人の勇者の話です。
隣のラインの同僚は42歳、二児の母で、パート歴10年のベテランです。手が早くて、検品の目は班長より確かだと言われてる人です。その夜、彼女の様子が変わったのは2時すぎでした。作業の手は正確に動いてるんですが、下半身が小刻みなステップを踏んでる。右、左、右。盆踊りみたいに。夜勤者はお互いの限界がなんとなく分かるんです。あれは相当きてる、と自分は隣のラインから察してました。
彼女は無線でリリーフを要請しました。ところがその日は班長が仮眠中で、交代要員が来るまで15分と言われたそうです。深夜の15分は、昼間の1時間です。彼女のステップのテンポが、目に見えて速くなっていきました。額に汗が浮いて、ときどき目を閉じて、深呼吸して、また検品する。手だけは止まらない。あれはプロの手でした。
彼女の腹は15分持ちませんでした。彼女の前には二つの選択肢があった。ライン停止のボタンを押して数百個の製品を犠牲にするか、自分の尊厳を犠牲にするか。彼女は品質を選びました。ラインは止めず、姿勢も崩さず、静かに、立ったまま、すべてを受け入れたそうです。あとから聞いた本人談では「途中から変に冷静になった。腹をくくるってああいうことよ」とのことです。
休憩時間に更衣室の前で会った彼女は、作業着からジャージ姿になってて、自分と目が合うと「聞くな」とだけ言いました。聞いてないのに。その顔が妙に晴れやかだったのが、かえって泣けました。
後日、彼女が班長に事情を話して、夜勤の交代ルールが見直されました。リリーフ即応体制、通称「彼女ルール」です。彼女の犠牲は無駄にならなかった。工場に彼女の銅像を建てるべきだと思います。台座には「品質はここで守られた」と。
― この話は、これにて ―
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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