50歳、深夜の峠道で見た女性ライダーの決断の一部始終
白状する。去年の11月、俺は深夜の峠道でとんでもないものを見た。その日は仕事のもやもやを晴らすため、22時から夜の峠へバイクで出た。気温は一桁、革ジャケットの中まで冷気が染みてくる夜だった。
峠の中腹、カーヴが連続する区間の展望駐車場で、先に一台バイクが停まっていた。近づくと、革ツナギを着た50前後の女性ライダーが、ヘルメットを脇に抱えたまま辛そうにしゃがんでいた。長い髪をハーフアップにまとめ、ツナギの背中には年季の入った傷が幾つもある、乗り慣れた人だと一目で分かった。冷えた夜気と振動が響いたのだろう、彼女の内もものあたりが小さく震えているのが暗がりでも見て取れて、事情はすぐに察した。呼吸も浅く、時折こらえるように奥歯を噛んでいるのが分かった。
最寄りのコンビニまで下って25分。彼女はもう限界だったらしい。俺が声をかける前に、彼女はガードレールの外の斜面に向かって、意を決したように腰を落とした。真夜中の山中、車は10分に1台も通らん。俺はバイクの陰まで下がって、見て見ぬふりをした。
長かった。体感で1分は続いていた気配だった。衣擦れの音だけが暗闇に響いて、それが止んだ後もしばらく彼女は動かなかった。安堵の吐息が風に乗って、こちらまで微かに届いた気がした。終えた彼女は、俺に気づいて気まずそうに会釈をした。頬がうっすら赤らんでいたのは、寒さのせいだけではなかったと思う。俺も会釈を返して、何も聞かず、何も言わなかった。それが峠のマナーというものだ。
眼下に街の夜景、頭上に星。膀胱には社会性がない。あるのは容量だけだ。彼女がヘルメットを被り直してエンジンをかけたとき、俺は先に走り出した。50歳の学びとしては、彼女には十分すぎる代償だったと思う。あの夜のことは、今も時々思い出す。峠を下りながら、俺はしばらく無言でエンジン音だけを聞いていた。あの日以来、俺も休憩のたびにコンビニのトイレへ寄る癖がついた。膀胱に社会性はなくとも、人間には学習能力がある。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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