冬の日本海ドライブ、防波堤の陰で波の音に紛れて
冬の日本海を見たいと主人が言い出しまして、二人で北陸まで足を延ばした時のお話です。一月の海沿いの道は鉛色の空と荒れた波ばかりで、けれどそれが不思議と美しいのです。海鮮丼のお店で温かいほうじ茶を三杯もいただいたのがいけませんでした。
次の町まで二十キロという海岸道路の途中で、例のものがやって参りました。以前の私でしたら、青い顔で我慢して主人に八つ当たりしていたことでしょう。車が揺れるたびに下腹に響く重みに、私は太ももを寄せて堪え、窓の外の荒波を見つめながら心を落ち着けておりました。海沿いの道は信号もなく、ただただ景色だけが流れていくので、我慢する時間の長さがいっそう際立つように感じられます。
道路脇の温泉施設の看板が目に入るたび、あそこまで持つだろうかと胸算用をいたしましたけれど、駐車場に入るための列を思うと、かえって遠回りになりそうでございました。窓ガラスに額をつけて、冷たい感触に気を紛らわせながら、私は太ももの震えをどうにか抑えておりました。今の私は違います。「あの防波堤の所に停めてくださいな」と、自分から申しました。慣れとは恐ろしいものですね。
人けのない漁港の端、消波ブロックと防波堤の間の窪みは、風も視線も届かない天然の個室でした。とはいえ屋根はなく、空は鉛色、眼前は冬の荒海でございます。コートの裾を持ち上げてしゃがみますと、下から吹き上げる海風の冷たいこと。膝から下がすぐに冷えていくのが分かるのに、下腹だけは燃えるように熱を持っておりました。腰を落とした瞬間、抑え込んでいたものが一気に緩んで、私は思わず身震いいたしました。
波が防波堤を叩く轟音の中では、私の立てる音など波しぶきの一部です。堂々と、心ゆくまで済ませました。長く長く続くその間、冷たい潮風と体の内側から溢れる熱が交差して、なんとも言えない心地に包まれておりました。一度、大きな波が防波堤を越えて飛沫が飛んできて、思わず肩をすくめましたが、それすらも今のこの瞬間を彩る一部のように感じられました。
終える頃には、指先の感覚がほとんどなくなっておりましたが、体の中心にはまだ確かな余韻が残っておりました。海に向かって用を足すのは山とはまた違う、少し野蛮で愉快な心持ちがいたします。
コートの裾を整えながら防波堤を離れる時、足元の岩場が濡れていて危うく滑りそうになりました。波しぶきがまた一つ、私の靴先を濡らしていきましたけれど、もうそれすら気にならないくらい、体の芯が満たされておりました。
車に戻って「寒かったでしょう」と笑う主人に、「ええ、でも癖になりそう」と答えた私は、妻としてどうなのでしょうね。ふふ。震える指先を主人の手で温めてもらいながら、また次はどこの海に行こうかしら、などと考えている自分に、少し呆れております。車内のヒーターが効いてくるまでの数分間、窓の外の鉛色の海を眺めながら、私は今日という日をそっと胸の奥にしまいました。
― この話は、これにて ―
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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