冬の河川敷マラソンと更衣室の遠い列
凍てつく1月の午前10時半前、市民マラソン大会が開催された河川敷の特設コースでのことだ。気温は6度しかなく、冷たい風が吹き抜ける中、大勢のランナーたちがスタート準備を進めていた。私はコース脇のベンチに座り、友人の出番を待っていた。……その時、更衣室テントの近くで立ちすくんでいた女性ランナーが目に入った。
年齢は20代後半くらい。ピチッとした黒いランニングタイツに、ピンクのウインドブレーカーを着ていた。髪はポニーテールにまとめられ、スマートウォッチをはめていた。最初はお仲間と笑顔で話していたが、突然お腹を抱え込むようにして動きを止めた。
彼女の顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのが遠目にも分かった。 立ち上がろうとした彼女だが、一歩を踏み出す瞬間にビクッと体を震わせ、内ももをすり合わせるようにして再び立ちすくんだ。 タイツの上から両手でお腹を強く押し当て、唇を強く噛みしめている。冷たい脂汗が額に浮かび、整った顔が苦痛で歪んでいる。間違いない、急激な腹痛と便意の波に襲われているのだ。
河川敷の特設会場には仮設トイレが数台しかなく、そこには長蛇の列ができていた。その絶望的な状況が、彼女を精神的にさらに追い詰めているようだった。 見てはいけないと思いつつも、彼女のタイツ越しの震える脚と、漏れそうなのを必死で耐える不自然な前屈みの姿勢から目が離せなくなり、私の心臓はドクンと跳ね上がった。
便意の第ニ波が彼女を直撃した。 「うぅ……」と喉の奥で押し殺したような吐息が聞こえ、彼女はランニングシューズの踵をカタカタと地面に打ち付けながら、お尻の筋肉を極限まで締め付けている。 仲間が心配して声をかけるが、彼女は涙目で首を振るのが精一杯で、言葉を返す余裕すら失っているようだった。
ついに我慢の限界を迎えたのか、彼女は仲間の制思(制止)を振り切るようにして歩き出し、お尻をかばうように極端な内股のまま、河川敷の端にある背の高いススキの藪の中へと長る(這う)ようにして駆けていった。 今でも冬の冷たい風を浴びるたび、あの時の彼女の限界の表情と、藪の中に消えていった必死の後ろ姿を思い出して胸がキュンとする。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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