深夜高速バスの冷気と限界のステップ
凍てつくような1月の深夜1時過ぎ、仙台から東京へと向かう深夜高速バスの車内でのことだ。外の気温は氷点下まで下がり、バスの窓ガラスは白く結露していた。私は通路側の席に座り、低く響くエンジン音を聞きながら浅い眠りを繰り返していた。……その時、私の通路を挟んで斜め向かいの窓際の席に座っていた女性が目に入った。彼女は20代半ばほどの、オフィスカジュアル風のコートを着た上品な女性だった。薄いグレーのチェスターコートを膝にかけ、首元にはネイビーのシルクマフラーを巻いていた。髪は綺麗にサイドに編み込まれていたが、尋常ではない焦燥のせいか、おでこには汗がにじみ、前髪が乱れて貼りついていた。足元は茶色のレザーロングブーツを履いていたが、そのブーツの先が小刻みに、そして激しくトントンと床を叩いていた。
彼女はコートの上から下腹部を両手で強く押し込み、上体を前かがみに折り曲げていた。時折、大きく息を吸い込んでは「はぁ……っ」と熱い吐息を漏らし、その度に身を捩っている。タイトなデニムパンツに包まれた彼女の細い両脚は、限界まで内側に絞り込まれ、膝と膝を押し付け合うようにして激しく震えていた。完璧に施されたはずのメイクは、車内の暖房と冷や汗のせいで崩れ、アイラインが目尻でわずかに滲んで黒い筋を作っていた。彼女は、サービスエリアを出発した直後から始まった猛烈な尿意と戦っていたのだ。
次の停車駅まであと30分以上。バスにはトイレが設置されていない。運転手に「止めてください」と言えば、乗客全員の注目を浴びて運行を遅らせることになる。その過酷な社会的な檻が、彼女の逃げ場を完全に奪っていた。彼女は何度もスマートフォンで現在地と到着予想時間を確認し、その度に時間の進みの遅さに絶望している様子だった。見てはいけないと思つつも、暗がりの中で浮き彫りになる彼女の苦悶の表情から目が離せなかった。私の心臓は激しく高なり、手のひらにじっとりと汗をかいた。
尿意の波が激しく襲いかかるたび、彼女はシートの上で腰を浮かせ、ブーツの踵を床に激しく叩きつけて震えを逃がそうとしていた。ついにバスが一般道の赤信号で停車した。その瞬間、彼女は「うっ……」と声を漏らし、顔を両手で覆ってうずくまってしまった。指の隙間から覗く彼女の顔は真っ赤に変色し、涙で濡れていた。バスがようやく駅前のロータリーに滑り込むと、彼女はドアが開く前に通路へ滑り出したが、その脚は完全に笑っており、手すりにすがりつきながらでなければ立っていられない様子だった。今でも深夜バスの揺れを感じるたび、あの薄暗い常夜灯の下で震えていた彼女のブーツの足音と、切迫した気配を思い出して私の耳が熱くなる。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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