終電のホーム端、スーツの女性の限界を目撃した記録
0時7分、終電待ちのホームでの目撃談。事実のみを時系列で記録する。ホームの端、非常階段の近くに、スーツの女性(推定30代)が壁に手をついて立っていた。最初は酔って休んでいるだけかと思った。紫色のスーツ、黒いヒール。その出立ちから、接待あるいは飲み会の帰路であることが推測されました。
0時9分、女性がしきりに改札方向を振り返っているのに気づく。この駅のトイレは23時30分に施錠される。その事実が、彼女の視線に意味を付与していました。0時10分、女性はヒールのまま小刻みに足踏みを始めた。両膝が固く合わさり、片手は下腹を押さえている。ベージュのトレンチの裾を握る指が白くなっていた。肩までの巻き髪が、足踏みのたびに揺れていた。彼女は2度、壁に額を近づけて静止した。あれは波をやり過ごす姿勢だ。私は目が離せなかった。0時11分、女性は一度改札へ向かいかけ、電光掲示板を見て戻った。終電を逃せば帰宅手段はない。トイレを取るか、終電を取るか。あの往復は、その計算だったと思われます。人間の尊厳とロジスティクスの最後の戦い。
0時12分、女性はホーム端の点字ブロックの外側、植え込みの陰に移動し、周囲を確認してからしゃがみ込んだ。私の位置から15メートル。詳細は見えなかったし、見なかった。周囲の乗客は全員スマホを見ていました。正確には、全員が「スマホを見る」という選択をしたのです。共謀とも言える集団的な視線の回避。私も同様。0時14分、女性は立ち上がり、何事もなかったように電車を待つ列に戻った。0時15分、終電到着。女性は私と同じ車両に乗り、ドア脇で目を閉じていました。
この件で責めるべきは女性個人か、終電まで残業させる会社か、0時台にトイレを施錠する駅の運用か。私は3番目だと思っています。あの駅のトイレは23時30分に閉まる。終電は0時15分。この45分の空白が、あの夜の全てを説明しています。あの晩の記録を、私は今も消せずにいる。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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