終電を逃した夜の深夜バス、隣席の女性の72分
終電を逃し、初めて深夜急行バスに乗った夜の記録。0時40分発、所要90分、途中休憩なし、車内トイレなし。この「トイレなし」の重さを、私は隣席の女性を通して学ぶことになった。発車から18分、隣の女性(20代後半、同業っぽい雰囲気)が足を組み替えた。以後、組み替えの間隔を無意識に計測してしまった。
彼女はグレーのパンツスーツに社員証ストラップを外し忘れたままで、ノートPCの入っていそうな重いトートを膝に抱えていた。指先がトートの持ち手を強く握ったり緩めたりを繰り返す。窓に映る彼女の眉間の皺が、10分ごとに深くなっていった。
10分、7分、4分、2分。等比数列的に短くなる間隔は、残量の逼迫を示す明確なシグナルでした。発車から50分、彼女はカバンからペットボトルを出し、口をつけずに戻した。飲みたいのではなく、何かをしていないと耐えられない状態だと推察されました。そのボトルの往復運動だけが、彼女の生存戦略になっていました。60分経過、彼女は前の座席の背もたれを握り、小刻みに揺れていた。私まで心拍が上がっていた。自分のことでもないのに、喉が渇いていた。駅名案内の音声が、彼女の苦悶を無視して流れ続けます。
バスは止まらない。72分経過、彼女は運転手に申し出るか迷うように2度腰を浮かせ、2度座り直し。到着5分前のアナウンスが流れた時、彼女が漏らした「よかった」という小さい声を、私は聞かなかったことにしました。その声は、決壊寸前の限界宣言でした。終点で彼女は誰よりも速くバスを降り、ロータリーの公衆トイレへ全力疾走して行った。間に合ったと信じたい。
深夜バスに乗る予定のある方は、乗車前の水分と、乗車直前のトイレを強く推奨する。90分間、トイレなしの密閉空間というのは、人間の尊厳と競争する環境です。あの夜の72分は、私の人生観を微妙に変えました。以来、深夜バスの座席で水分を取る人を見ると、勝手にこちらが緊張する。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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