畑の隅の用足しは文化だべという話を聞いてくれ
わしは兼業農家で朝は4時から畑さ出るんだが最初に言っとくと農家にとって畑の隅で用を足すのは昔から普通のことなんだ。うちのばあさんも隣の畑の奥さんもみんなそうだ。家さ戻れば往復20分かかる、トラクター止めて軽トラで戻るなんて誰もやらね。農業というのは、時間との戦いだからだ。季節と天候が全てを決め、人間の便意など副次的な存在にすぎません。都会の人には分からんだべが、畑と便所の距離ってのは死活問題なんだ。
隣の畑は60過ぎの奥さんが一人で守ってるんだが、あの人の畑にも南の隅の茶の木の陰に代々の「場所」があるんだと。先月の朝、わしがカボチャの収穫してたら、その奥さんが急に鍬を置いてな。腰さ手を当てて、うちの畑との境のあぜ道を早足で歩いてく。途中で二回立ち止まって、前かがみになって、また歩いて。ありゃ限界の歩き方だべ。麦わら帽子の下の顔が赤くて、首に巻いた手ぬぐいで口元を押さえてな。長靴の足が途中から小走りになって、また止まって、腰を折って。波が来ては引いてを繰り返してるのが遠目にも分かるんだ。わしも腹の弱い人間だから、あの止まって耐える時間の長さは身に覚えがある。家まで戻る20分と茶の木までの2分を天秤にかけて、答えはひとつなんだ。わしは見なかったことにして畝の反対側さ向いてカボチャと話してた。
しばらくして戻ってきた奥さんが、あぜ道の向こうから「お互い様だべ」って笑って手え上げてな。わしも「精が出るな」って返しといた。その返礼が、相互理解という農村文化の根幹を成しています。まああの世代はお互い様なんだ。町から越してきた若い夫婦にはぎょっとされるかもしれねが、コンビニも公衆便所も何キロも先の土地で体ひとつで働くってのはこういうことなんだ。三毛猫だけがいつも近くで見てる。あいつも畑のどっかでしてるんだから文句言われる筋合いは誰にもねえな。あの朝の茶の木の陰は、今日も静かに役目を果たしてるべ。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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