深夜の立体駐車場で酔った女性が壁に向かっていた件
12月の金曜、深夜1時。忘年会シーズンの立体駐車場巡廻は事案が多い。嘔吐、置き引き、車内での仮眠。だがこの夜の事案は、報告書の分類欄に困るものであった。
2階の巡廻中、柱の陰に人影を確認した。パンツスーツにトレンチコート、40代と推定される女性である。肩までの髪が乱れ、ヒールの片方に体重が偏っていた。壁に向かって立ち、動かない。第一印象は嘔吐前の静止であった。介助が必要かと接近を開始した。
5メートル手前で停止した。嘔吐ではない。姿勢が違った。壁に片手をつき、もう片方の手は腰の位置、脚は肩幅よりやや広い。そして音がした。コンクリートを打つ、連続的な水音である。放尿中であることを確認し、私はその場に固まった。
声をかけるべき事案ではある。だが経験上、放尿中の人間に声をかけると本人が飛び上がって二次被害が拡大する。加えて白状すれば、私自身、即座に動ける精神状態ではなかった。40代の、管理職風の、きちんとした身なりの女性が、駐車場の壁に向かって立ったまま用を足している。その光景の非日常が、職業意識を数秒間上回った。音は長く続いた。相当我慢した後であることが、音の勢いから推察された。
完了と着衣の確認を待って、「お客様、困ります」と声をかけた。女性は文字通り飛び上がり、直立不動になり、「申し訳ございませんでした!」と90度の礼。声が完全に裏返っていた。酔いは、礼の角度には残っていなかった。
聞けば、忘年会帰りに1階のトイレに向かったが深夜清掃中で入れず、3階の自分の車まで我慢する自信がなく、エレベーターを待つ時間すら計算できなかったとのこと。「階段を2段上がったところで、もう無理だと分かったんです」と、消え入りそうな声で述べていた。限界の見極めとしては正確である。事情は理解できる。
当該女性には口頭注意のみとし、代行運転の到着まで見届けて送り出した。1階トイレの深夜清掃の時間帯については、以前から動線上の問題を感じており、私からも防災センターに改善を上申した。なお当該箇所には翌週から「放尿禁止」の貼り紙が設置されたが、貼り紙で止まるなら警備員は要らない。あの夜の90度の礼を、私は妙に鮮明に覚えている。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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