雨上がりの遊歩道、水たまりをひとつ増やした夜
六月の終わり、雨が上がったばかりの深夜零時半。緑道の遊歩道は濡れたアスファルトが街灯を映して、ずっと先まで光の帯になっていた。こんな夜は、歩いているだけで胸の奥がすうすうする。雨上がり特有の、土と緑と少しの黴の匂いが混じった空気を吸い込むと、なぜか体の奥が敏感になる気がする。
私は傘を差したまま残業していたビルを出て、わざとこの道を選んだ。人は誰もいない。紫陽花の植え込みが雨の匂いを濃く吐いていた。もう認めるしかない。私は最初から、するつもりでこの道に来ている。下腹はもう歩くたびに重く波打っていて、信号待ちのたびに太ももに力を込めて耐えた。あと五分、あと三分、緑道に入りさえすれば――そう自分に言い聞かせながら、傘を持つ手にまで無駄な力が入っていた。
オフィスビルを出た直後は、まだ余裕があるつもりだった。けれど二つ目の信号を越えたあたりから、下腹の重みが急に主張しはじめて、私は傘の柄を強く握りしめた。ビルの明かりが背後に消えていくのと入れ替わりに、街路樹の匂いと湿った土の気配が濃くなっていく。歩幅が知らず知らずのうちに小さくなっていた。
緑道の中ほど、桜の古木の陰でしゃがんだ。膝が震える。もう限界の少し先まで来ていたのだと思う。雨後の土は柔らかくて、音をぜんぶ吸い込んでくれた。頭上の葉から時々、遅れてきた雨粒が首筋に落ちる。冷たい。その冷たさと、体から温かいものが出ていく感覚が同時にあって、へんな話だけど、自分が雨の続きになったような気がした。
出はじめの一瞬、耐えていた分だけ勢いがついて、私は思わず声を漏らしそうになり、慌てて唇を噛んだ。膝から下がじんと痺れて、太ももの内側を伝う感触に、頭の芯がぼうっと熱くなる。降った雨と、私の出したものが、同じ土に染みていく。開放感というより、還元、みたいな。長い長い時間が過ぎて、ようやく下腹の圧が消えていくのを、私は目を閉じて味わった。
遠くで一度、車のライトが道路の先を横切った。びくりと肩がすくんだけれど、こちらまでは届かない光だった。それでも心臓は面白いくらい早鐘を打って、終わったはずのものがまた少しだけ滲み出るような錯覚さえあった。
終わって立ち上がると、桜の根元に小さな水たまりがひとつ増えていた。明日の朝にはただの雨の跡。誰も気づかない。しゃがんだ姿勢のまま固まっていた膝を伸ばすと、関節がぱきりと小さな音を立てて、その痛みすら今夜は心地よく感じられた。
遊歩道を歩き出すと、濡れたアスファルトに映る街灯の光が、行きよりも柔らかく揺れて見えた。体の中の重みが消えた分だけ、世界が少し軽くなったような錯覚がある。そういう秘密の増やし方を覚えてしまった二十九歳の梅雨である。我ながら、詩的に言い訳しすぎだと思う。でも、あの夜のことを思い出すと、今でも胸の奥がすうっと冷たくなる。梅雨はまだしばらく続くらしい。困ったものだと思いながら、次の雨上がりを少し待ち遠しく感じている自分がいる。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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