北アルプスの登山道脇で出くわした中年女性の野ション
七月の連休、北アルプスの某ルートを単独で歩いていた時の話である。標高2500m付近、樹林帯を抜けて稜線に出る手前で、登山道から10mほど外れたハイマツの陰に人影を確認した。気温は麓より15度は低く、風が強い日だった。汗が急速に冷えていく感覚があり、上着を一枚羽織ったばかりだった。
最初は休憩かと思ったが様子が違う。50代くらいの女性登山者がザックを下ろし、雨具のズボンを膝まで下げてしゃがんでいた。日焼けした顔に登山歴の長さがうかがえる、しっかりした身なりの人だった。使い込まれたザックカバーや、帽子の色褪せ具合からも、山慣れした様子が見て取れた。同行者らしき男性は登山道側に背を向けて立ち、いわば見張り役をしていた。女性の肩が小さく震えているのが、距離を置いても分かった。
稜線上にトイレは無い。次の山小屋まではコースタイムで2時間ある。標高が上がるほど気圧の変化と冷えで腹に来るとはよく聞くが、目の当たりにするのは初めてだった。おそらく樹林帯を抜けたあたりから急激な便意に襲われたのだろう、二人の慌てた足取りが目に浮かぶようだった。
仕方のないことだと頭では理解しているが、風向きの加減か水音がこちらまで届いてきて、目のやり場に困った。道は一本しかなく、先へいくには横を通過するしかない。近づくにつれ、女性の白い手がハイマツの枝を強く握りしめているのが見えた。息を詰めているのか、肩の上下も止まっていた。女性は俯いたまま固まり、こちらに気づいた男性が小声で「すみません」と言った。女性の頬が上気しているのが、通り過ぎる一瞬だけ見えた。こちらも会釈だけして足早に通り過ぎた。心臓が少し速くなっているのを自分でも感じた。
山小屋でバイトしていた身としては慣れているつもりだったが、あの距離で出くわすとやはり動揺するものだ。振り返りたい気持ちを抑えて、ただ黙々と足を進めた。稜線に出てからしばらく、風の音の中にあの水音の記憶が残っていた。山では意外とよくある光景である。以上、報告まで。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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