縦走三日目の稜線上、女性パーティーの緊急事態を見た記録
前回に続き縦走の話である。一昨年8月、南アルプスを3泊4日で縦走した3日目のこと。同じ小屋を同時刻に出た2人組の女性パーティー(30代くらい)と、抜きつ抜かれつで稜線を歩いていた。二人とも装備の整った、慣れた雰囲気の登山者だった。片方はショートカットで日焼けした肌、もう片方は長い髪を後ろで一つにまとめており、話し方から仕事の同僚か古い友人同士のように見受けられた。
出発から1時間ほどで、後ろを歩いていた片方の女性の様子が変わった。ペースが落ち、立ち止まり、ストックに体重を預けて動かない。顔色が徐々に白くなっていくのが遠目にも分かった。連れの女性が振り返って何か話している。前夜の小屋の食事が合わなかったのだろう、腹を押さえているのが、時折体を折り曲げる仕草からも伝わってきた。次のトイレがある小屋まではコースタイム3時間半。標高2800mの稜線上、遮るものはほぼ無い。風も強く、体温を奪われれば余計に腹に応えるはずだった。
2人は地図を広げ、何度も先の稜線を見ていた。あれは残り距離と限界の相談である。当人は片膝をつき、荒い息を整えているようだった。額に汗が浮かび、時折唇を強く噛んでいるのが遠目にも分かった。連れの女性が背中をさすってやる仕草も見えた。10分後、決断したらしい。連れが登山道に立って荷物番をし、当人はハイマツの切れ目から一段下がった岩陰へ下りていった。手には携帯トイレらしき袋が見えた。私は追いつかぬよう、手前の岩で長めの休憩を取った。それが登山者の礼儀である。
30分後、小ピークで追いついた2人は何事もなかったように行動食を食べていた。当人の顔は、敗北感と開放感が半々の、登山者なら誰でも分かる顔だった。目元がまだ少し赤かった。使用済みの袋はザックの外付けポケットに収まっていた。麓まで自分で担ぐのだろう。立派である。縦走に携帯トイレは必須装備だと、あの2人の背中が教えてくれた。皆も必ず持っていくべきである。あの稜線での10分間の緊迫は、今も忘れられない。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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