朝5時の河原。女性ランナーが消えた茂みの先
河原の駐車所スペースで車中泊した時の話。10月。夜は冷えた。朝5時に目が覚めた。空が白み始めたくらいの時間。コーヒー沸かして、スライドドア開けて土手を見てた。霧が薄くかかってた。
ジョギングしてる女の人が土手を走ってた。50前後。紺のウィンドブレーカーに黒のタイツ。白髪まじりの髪を後ろでひとつに結んで、走り方に無駄がない。毎朝走ってる人の走り方だった。
その人が急に足を止めた。時計を見るふりして、腹のあたりに手を当てた。また走り出した。だが100メートルも行かないうちにまた止まった。今度は明らかに前かがみ。波が来てるのが遠目でも分かった。二度目の停止は一度目より長かった。腰の後ろに手を当てて、深呼吸してた。遠目にも肩が上下してるのが分かった。三度目はもう、走り出せなかった。
彼女は周りを見た。土手の上、河原、橋の方。誰もいない。おれの車は見えてたはずだが、車中泊の車は風景扱いなんだろう。上流の茂みに早足で消えた。トイレだなとすぐ分かった。動きで分かる。あの独特の、腰を守るような早足。
10分しても戻らない。コーヒーが冷めた。心配になった頃、茂みからのっそり出てきた。手にはコンビニ袋。ちゃんと持ち帰る派だった。偉い。ティッシュも道具も持って走ってたわけだ。腹が弱い自覚のあるランナーの装備。年季を感じた。
何事もなく、また土手を走り出した。フォームはさっきより軽かった。誰も見てなかったことにするのが河原の礼儀なんだろう。おれも見てなかった。コーヒーを飲んでただけだ。そのコーヒーが冷め切ってたことに、その時やっと気づいた。目が離せてなかったんだと思う。
長年車中泊やってるから分かる。トイレのない場所で人は正直になる。正直になった時にその人の本性が出る。あの人は始末までちゃんとしてた。いい始末の仕方をしてた。それだけの話。だがこういうのが妙に記憶に残る。今も河原で朝を迎えるたび、あの紺のウィンドブレーカーを思い出す。
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※ 掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。
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