排泄物語

車中泊の朝に見た、隣のバンの夫婦の攻防

投稿者: ハイエース万年床1分で読めます閲覧 6903.8(5件)

初夏の海沿いの駐車所。無料で車中泊できる場所だった。朝6時、隣に停まってたバンの中から言い合いが聞こえた。「だから昨日のうちに行っときなって言ったのに」「うるさい、しょうがないでしょ」。夫婦らしい。40代くらい。風でカーテンが揺れて、二人のシルエットが見えた。

奥さんの方が緊急事態のようだった。この駐車所、トイレがない。一番近い公衆トイレは海岸沿いを600メートル。昨晩のうちに行くべきだったのは、恐らく夜中のことなんだろう。海のそばで、夫婦で何か食べたのかもしれない。

バンのドアがミシッと開いて、奥さんはサンダルで飛び出して、変な走り方で海岸の方へ消えた。腰が引けてて、歩幅が異様に狭い。あの走り方は見たことある。あれは大の方の限界の走りだった。それも相当な切迫感。旦那さんは呆れた顔で見送ってた。運転席でそのまま新聞を読んでるかのような動かぬ姿勢。夫婦の日常感が、妙なリアリティを持ってた。

15分後、奥さんは世界を救ったような顔で戻ってきた。走り方は帰りの方が早かった。間に合ったらしい。「公衆トイレ、紙なかったわよ」「だから言ったのに」。また言い合ってた。バンの外から聞こえる、その疲れた声のトーン。持ってたポケットティッシュをどう使ったのかは、聞かないでおいた。

我々は見ず知らずの旅人同士。朝の海風だけが共通言語だった。やがてバンのエンジンがかかり、二人乗せて走り去った。奥さんは助手席で、顔を逸らしてた。600メートルの勝利と600メートルの後悔が、その背中に書かれてたような気がした。

― この話は、これにて ―

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掲載されている話は、読者投稿・創作をもとにした読み物(フィクション)です。実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。

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